比例する「壁の薄さと社会の融通性」

2009年04月18日

前回、

> 「親はなくとも子は育つ」という諺の真意は、たとえ母親を亡くしたとしても、
> 赤ちゃんは周りの人たちのお世話により育てられるという助け合いで、
> その精神は、赤ちゃんの養育に限らず、お年寄りの介護にまで及び、
> 江戸時代260年の泰平の秘密は「隣近所のお付き合いとお節介」にあるように
> ボクは思うのでした・・


と、自分なりの考察を述べさせていただきましたけど、
江戸 × 「隣近所のお付き合い」と云えば――  イコール 長屋!

と ゆーことで、今回は
「江戸庶民の中で、長屋に暮らす身寄りのない老人」の話をさせていただきたく存じます・・


淡野史良さんの「人間らしく生きるなら江戸庶民の知恵に学べ」(河出書房新社)によりますと、
裏長屋において最も「零細」な職業は、「糊屋(のりや)の婆さん」という
やわらかく煮た飯粒を水で練って作った洗い張り用の糊(洗濯糊)を
糊桶を肩から紐で吊って売り歩き、生計を立てる老女で、
売り切れになってもたいした収益にならず、その日をかつかつで暮らしてたそうです・・

そういう暮らしぶりは裏長屋の衆も同じで、
病気したときに医者にかかれません・・

病気で仕事に出れませんから、食べるものに困る・・

なんとか助けたくても、みんな食べるものに事欠いたりしてるので、
「明日はわが身・・ 昨日は隣りの人が魚持っていったから、
今日はうちがお粥を差し入れしよう・・ 」
と、
長屋の衆は見るに見かねて順送りで協力し合ってたそうです。

一番大変なのは大家さんで、長屋から餓死者が出たりしたら
町奉行からお咎めを受けかねません ピッピ

そこで大家さんは長屋をよく訪れ、
長屋の衆にお年寄りのお世話を頼んだそうで、
隣の気配が手に取るようにわかるほど長屋の建付けがお粗末
(壁に節穴があって覗き見できたり)なことが幸いして、
お年寄りが亡くなられても一日以上も知れないということは起きなかったそうです。


アレです・・ 現代は壁より制度のほうがお粗末な感じですけど、
壁の薄さと社会の融通性は比例し、福祉政策以上に
「家族のような関係」をもたらすかもしれません。


実は今日、菊池郡菊陽町(熊本県)の普通の民家で、
デイサービスを中心に、利用者とそのご家族のニーズに合った支援を提供しておられる
NPO法人・小規模多機能ホーム「わがまま」さんを訪ね、
いろいろお話を伺ってきたんですけど――  

長くなりますので 「つづく」 グッキラキラ



今週の当番 / 順正ジャア





Posted by エラールロヴァ ド・マン at 21:07│Comments(0)TrackBack(0)福祉・教育

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